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プロローグ

 俺の名は竹中タツヤ。どこにでもいる高校二年生だ。別にある日突然超能力に覚醒(めざ)め、地球外から攻め込んでくる巨大な敵を討伐する任務をこの身に背負って戦ったとか、はたまた突然謎の異世界へ飛ばされて、可愛らしい女の子たちにもてはやされながら剣技のレベルを上げて凶悪なラスボスを倒したとか、そういう際立った経歴の一切ない、本当にごく一般的な男子高校生である。……いや、そもそもそんな展開はなから期待してないしな。

 成績は中の下。運動は下の上。テストで満点を取ることもなければ部活で秀でた成績を残したりもしない、頭の上から爪の先まであますところなく完全無欠の凡人である。けして平均より劣ってはいないと自負する容姿も、やはり寝起き直後のせいで非常に冴えない感じになっているが、それでもどうにか目を瞑るまいと必死になって眼を懸命に見開き、自転車のペダルをこぎこぎ今日も今日とて坂の上にある自宅から高校へと向かうのだった。

 しかし――、そんな俺の身にこの日突然転機が訪れようとは、いったい誰が想像できただろうか。

 ちょうど下り坂に差しかかったときだった。

 いきなりブレーキがぶっ壊れて利かなくなった。

 気づいたときにはもう坂の中腹くらいまで降りてきていて、いい感じにスピードもついてて足で止めることもできず、かと言って飛び降りる度胸もありはしない。このまま坂を下りきるとそこには幹線道路の交差点が待ち受けているのは明白なわけで。

 これはまずいと思ったときには既に遅く、猛スピードで突っ走る自転車は俺の抵抗を許さず赤信号の交差点に突入していった。

 そしてまるで示し合わせたかのようなタイミングでやってきた大型トラック。

 そのとき今までの特に言及すべきこともない人生が走馬灯のように駆け巡った。

 保育園で読んだ絵本がトラウマで、夜中にトイレに行けなくなり連日おもらししたこと。

 小学生の頃、遠足に持っていくおやつを忘れて一人みじめな想いをしたこと。

 中学の頃に好きだった女の子に告白して玉砕したことなど。などなど。

 あれ、ロクな記憶じゃねえな。なんで人は楽しかったことはきれいさっぱり忘れてしまって、つらい想い出ばっかりまるで宝石箱みたいにしまっておくのだろうね。

 そんなことを考えているあいだにも俺は抗いようなく吹っ飛ばされて、

 がっし、ぼかーん。

 俺は死んだ。スイーツ(笑)

 

                            ☆

 

「死んじゃったよ!!」

 

 机に頭を打ちつけながら僕は一人叫んだ。――いや、叫んだというよりはツッコミだな。

 しかもここには僕一人しかいないからノリツッコミという。

「死んだらダメだろ、主人公。最初のプロローグから何やってんだ、僕は!」

 うぬぬとうなって頭を抱える。

 そう。何を隠そう冒頭のくだりは現実に起こったことではなく、僕が高校生になって初めて書きはじめたライトノベルの書きだしの部分だったのだ。

 しかしへこむなあ。自分の文才のなさが身にしみて感じられる。

 いや、処女作ってことでこの際文章の上手い下手は目を瞑るとしよう。それにしてもいきなり主人公がトラックに轢かれて死んじゃうってのはありえない。

 しかも、最後のやっつけ感。ケータイ小説も真っ青! ……っていうか、パクリだし。

 やっぱし勢いだけで小説を書きはじめたらダメなんだなあ。ちゃんと構成を練ってからでないと。

 高校生になって、憧れのラノベ作家を本格的に目指してみようと思い立って書きはじめたはいいけど、目の前に広がるのは茨の道もいいところ。前途多難も甚だしいな、この調子だと。

 しかしベッドで頭を抱えて悶々とうめいているうちに、主人公が最初に死ぬってのは、考えようによってはなきにしもあらずなんじゃないかと思えてきた。

 かの国民的特撮映像作品のウルトラマンだって、第一作目はハヤタ隊員がウルトラマンにぶっ飛ばされて死ぬところから始まるじゃないか。

 話の展開によっては、こういう進め方も読者の意表を突くという意味では、ありなのかもしれない。そうだ、そうに違いない。

 よし、このまま書き進めよう。

 上手い具合にモチベーションを取り戻し、僕はベッドから起き上がって再び机に向かった。

 話の展開はこのままいくとしても、問題は文章のほうにあるな。特に最後の部分。がっし、ぼかーんではあまりにも臨場感に欠ける。はて、どうしたものか。

 かといって、少年が大型トラックに轢かれる様子を生々しくつまびらかに描写してしまうと、それはライトノベルとしてどうなのって気がするし、そもそも僕にはまだそこまでの表現力は備わっていない。

 どうしたものかと思い悩んで、僕は先日買ってきたラノベ教本を手に取ってページをめくった。

 そこにはこんなことが書いてあった。

 情景描写に疲れたら――心理描写でお茶をにごしましょう。

 心理描写には、情景描写と同じくらいの説得力があります。

「なるほど。てことは、ここでは主人公のタツヤに人生の悔恨の言葉を言わせればいいんだな」

 妙に納得し、僕は再び筆を走らせた。

 

                                   ☆

 

 ――そのとき、今までの特に言及すべきこともない人生が走馬灯のように駆け巡った。

 保育園で読んだ絵本がトラウマで、夜中にトイレに行けなくなり連日おもらししたこと。

 小学生の頃、遠足に持っていくおやつを忘れて一人みじめな想いをしたこと。

 中学の頃に好きだった女の子に告白して玉砕したことなど。などなど。

 思い返せば、何もなかった。まるで乳白色に濁った泥水のような、何もない人生だった。

 何も生み出せず、何一つ残せなかった。誰からも愛されず、何にも求められず。そんな無価値な人生が、今終わる。終わろうとしている。

 何のために生まれてきたのか。そんな疑問すらばかばかしく感じられるような、本当に何もない、平凡でつまらない人生だった。

 

「それが俺の人生だった」

 

 ――と、彼は言った。

​初稿執筆:2016年

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